「元気ですか。この手紙はニュージーランドで書いています。先日、ウェリントンのオーストラリア大使館でリ・エントリー・ビザを取りました。けっこうこそくな方法を使ったけど、それはこれ以外の他の可能性がある方法が見当たらない以上仕方のない事だと思っています。でも、これでヨーロッパまでの道が開けたと思います・・・。」
僕は北島のロトルアでこの手紙を有紀に書いた。ロトルアではニュージーランド人と結婚した日本女性とその旦那さんに街中で声を掛けられて、まだここを訪れる日本人が少ないために僕が彼らには珍しく、大変な歓待を受けたこと。これから北島を歩いた後クライストチャーチに帰りオーストラリアに向かう予定だから、もし手紙をくれるならシドニーのあの場所に送ってくれるように書いた。
とりあえずは僕が思い描いていた行動計画どうりにことが進み、僕は海外に出て一番幸せな気分になっていた。
翌年の2月下旬、僕はシドニーに帰った。空港の入国審査官は何故僕がまた観光ビザでオーストラリアに帰って来たか知らないので、いったいどれだけの滞在許可を入国時出してくれるか心配だったが、案の定許可されたのは3ヶ月がやっとだった。だけどそれはある程度予想していたことで、実際3ヶ月居れたら僕には十分不足分の資金を稼ぐ自信があった。
そして勿論恩人の何も知らない千恵にも心ばかしのお土産は買ってきて渡した。
僕は住み慣れたホステルに戻り、また以前と同じような生活を始めた。仕事の方は何の問題も無く以前いた仕事に復帰できた。そこはちゃっかりオーストラリア人の曖昧さを利用させてもらって、今回の自分の滞在上の立場は観光者で、もし仕事をすればイリーガルになることは伏せておいた。
有紀からの手紙は、僕がホステルに帰って来た日にメール・ボックスの中で見つけた。
ただ、その時受け取った手紙の内容はそれまでのものとは明らかに違っていた。
「この手紙を読んでくれているということは、ショウさん無事にオーストラリアに帰ってきたというこですよね。よかったねうまくいって、おめでとう。かな?ニュージランドは人も自然も素晴らしかったでしょう。できたら私ももう一度行きたいな。ニュージーの山も見たいし、オーストラリアの蒼い空も見たい。今は正直言って本当にそうしたい気持ちでいっぱいです。日本に帰国してもうすぐ半年経ちますが、最近なんだか疲れています。これまでとは違った考え方、生き方をする必要があるなって、帰国する前から思ってはいたんですが・・・。」
その手紙に書かれていたことは、僕にとっては有紀が帰国した時から、いつか彼女の身に起こりうるだろうとある程度予測していたこと。そのままだった。
いくら日本に帰って、今までとは違った考え方、生き方に自分を順応させようとしてみたところで、自分が納得できないことまで受け入れるなんて、それは彼女の性格を見ていると不可能なことだと思われた。ましてや今まで自分が暮らしてきた社会とこれから暮らす社会を比べながら生きるという宿命の中で、明らかに人生の半分を暮らしてきた欧米の人間社会の方に、良識的なものが多いと彼女自身が感じる結果になれば、これから暮らす社会で彼女が受けるストレスは相当なものになるのは予想できることだった。
長く欧米人社会で暮らして来た有紀が、オーストラリアでの生活を切り上げて帰国したのは、あくまでも結婚という目的があったからだろうが、「イエス」と「ノー」白黒はっきりさせるコミュニケーションに馴染んでしまった人間が、グレーの世界に果たしてうまく入って行けるのか。少なくても海外で彼女を知る僕を含めた海外在住者には、間違いなく興味のあることではあった。
入り江のホームから見る夢
重さんと親しくなった僕は、あの入り江に釣りに出かける度にホームに立ち寄るようになった。立ち寄ると言えば何か目的があってのように聞こえるが、実はだまって勝手に入って行って、あの例の場所の芝生で勝手に寝そべるのだった。
あの小さな額縁の風景は、あの時偶然生まれたものだったのか、その後少しずつ変わっていく自然の変化の中で、再び同じような光景を生むことは残念ながらなかった。だけど僕はその場所に寝転がる度に、いつかまた同じような光景に出会えるのではないかと心の中で密に期待をしていた。自分が以前暮らしていた異国の街の、ほんのささいな情景でも感じられるということは、すでにあの頃が遠い昔に見た夢だったように感じられるようになってきた僕にとって、自分の過去を確信できる唯一の術でもあったからだ。
勿論僕がそうして勝手に入り込んできて芝生に寝転がっていることは、ここのホームの人達皆に知られていた。玄関先の横の目立つ場所に若い男が真昼間寝そべっているのだから目立たないはずは無い。だけどありがたいことに僕の勝手な行為に対して、ここの人達は見てみぬふりをとうしてくれていた。それはたぶん僕が重さんと仲が良かったからだと思う。重さんは少しばかり知的な障害があるけどここの人達皆から愛されていた。そうして僕が部外者にも関わらず自由に出入りできたのも、たぶん皆が僕ではなく重さんに気を使っていたからだと思う。
ただそのとうの重さんはどうかといえば、何故か付かず離れずで、僕の姿を見つければ必ず出てきて傍に来て座りこむので、僕は近くの自動販売機から毎回飲み物を買ってきて渡し話しかけるが、それを受け取ると嬉しそうに受け取って飲み、そのまま何も言わずにいなくなってしまうのだった。
そんなことが何回か続いたある日、いつものように僕はあの入り江に釣りに出かけ、いつものように竿を投げっぱなしにして、いつものようにあの場所に不法侵入をして寝転がってうたた寝をしていた。すると急に背後から声を掛けられた。
「兄ちゃん、よく来るなァ。若いもんがこんな昼間から遊んで暮らせるなんて羨ましいは。」
声を掛けられて驚いて振り向いた僕に向けられたしわがれた顔が笑っていた。
「いつもいつもよく見かけるが、こんなとこで兄ちゃんあんた何してるの。私ら年寄りばかりがいるとこに兄ちゃんみたいなのが来てくれると嬉しいけど、何かたのしいことでもあるのか。」
僕を見下ろしながら声を掛けてきた老婆は小柄で色黒で無駄な肉がなく、これまでさんざん自分の体を資本にしていじめ抜いて働いて生きてきたんだろうと想像できる、そんな感じの人だった。
そして、これが僕と滝さんの出会いだった。
老婆は僕の隣に腰を下ろすと着物の懐から安物のタバコを取り出し、火をつけると旨そうに煙を吐き出した。
「あんたは重ちゃんの友達か?そうだったらありがとうな。ここに住んでる私らにとって重ちゃんは本当の子供も同然でな。確かにあの子は見てのとうりお頭に少しだけど問題がある。だけどあの子は仏様のような子だ。自分が何かを欲しがることも、人を傷つけることも、なあんにもしない。あの子は他人が嬉しそうな顔をしてると自分のことのように喜んでくれるし、哀しい顔をすれば「頑張って」っていってくれる。ここに住んでる私らはそんなにもう先が長くはない。こんな歳になってやっと生きるっていうことが分かってきたけど、あの子はもうわしらでさえかなわんとこにいる子じゃ。
あんたが重ちゃんの友達なら、いつでも好きに訪ねて来てもええ。あんたが訪ねてくれて重ちゃんが喜ぶなら、私らもうれしいからの。」
老婆はそう言うと嬉しそうに僕の顔を覗き込むので、逆に僕の方が一瞬躊躇してしまった。
「ただあの子は可愛そうな生い立ちをした子でな。生まれたのは隣町の多少は裕福な家に生まれたらしいんだが、その親がこれが薄情者だったようで、世間体を気にしてどこかの施設に小さいときから出してしまったうえに、その後商売がいきずまってしまうとこの子をほったらかしにしてどこかに行ってしまったそうだ。
重ちゃんは親戚からも煙たがれ、だあれも振り向いてくれないまま15の歳まで施設で暮らしとったとこを、ここの先代の園長先生に拾われたんじゃ。」
僕はこの時初めて重さんのこれまでの人生を知った。重さんの出生に関してははっきりしたことは分かっていないそうだったが、この老婆が言った、「重ちゃんは仏様のような子だ。」という言葉には心をうたれるものがあった。
それからは僕がここに不法侵入するたびにこの滝さんがでっぱってくるようになった。僕は彼女のことを「滝婆さん」とか「お滝さん」とか呼ぶようになり、この婆さんも孫のような僕にそう呼ばれて満更でもないようなふうだった。
そして、僕が庭の芝生にいるのを二階の部屋から見つけると、一度は重さんに「友達が来てるよ。」と言って声を掛けておいて、その後重さんにはお構いなしでさっさと庭に出てくるようになった。ただその時決まって言う言葉、「いい若いもんがまたこんな真昼間から遊んどる。」は毎回言われる挨拶がわりになっていて、その言い方だけはもうやめてくれと何度もいったけど、この婆さんはやめようとはしなかった。
僕がこのホームに不法侵入を始めて数ヶ月たったある日、いつものようにこの日も滝さんが重さんよりも早く僕を見つけて庭に出てきたが、この日は傍まで来ると僕の顔を覗きこみ「兄ちゃん、兄ちゃんはどうしていつもいつも同じ場所に座り込むの。よく考えたらあんたはいつも同じ場所に座っとる。何かこの場所に意味でもあるんか。」そう言うと滝さんは僕にぴったり体を付けて傍に座り込んできた。
僕は老婆に擦り寄られてちょっと身を引いたが、思い直して僕らの目の前にある塀に四角く開いた額縁のことを話して聞かせた。
滝さんは黙って聞いていたが、オーストラリアという言葉が僕の口から出た時一瞬僕の方を振り向いた。それから僕の話が終わるとポツリと言った。
「そうか、ここからオーストラリアが見えたんか。オーストラリアがなァ。」溜息混じりにそう言うと、滝さんはまじまじとその塀に開いた四角い額縁をじっと見つめていた。
「私の姉さんもオーストラリアにいる。おととし死んでしまったからいるというのも変じゃが、ずっとあの国で暮らして来て今はそこで眠っている。私は結局姉さんが生きてるうちに訪ねて行けなかったから、姉さんがどんなとこで生きてきたか知らんが。そうかァ、ここからあの国が見えるんか。」
この町は戦前、戦後を通じて造船の街、軍港の街として栄えてきた。特に戦時中は当時の名だたる軍艦を築いた造船所と海軍兵学校のある街として知られていたため、戦後は連合国側のアメリカ、オーストラリアなどの駐留軍がキャンプしてこの街を維持、管理していた。
滝さんのお姉さんは戦前この街の最大の造船所で働いていて、その関係上進駐していたオーストラリア軍の技術兵だったご主人と知り合ったらしかった。
「今のあんたらには分からんじゃろが、あの当時敵国だった国の兵隊と普通の街中の女が結婚するなんてことはよほど勇気のいることでな。何が良かったのかそれでも姉はその人について行ってしもうた。」滝さんは遠くを見つめる目で塀に開いた穴をじっと見つめながらいった。
「ただ残されたわしら家族は大変じゃった。戦争に負けて、そのあげくにのこのこ兵隊に付いて行く尻軽女ゆうてな。姉さんはそのままいなくなったのだからいいが、嫌がらせや白い目で見られるわしらは大変じゃった。あの頃わしは女学生でな、心底姉さんを恨んだもんよ。」
一見外国とは縁もゆかりもないような年老いた人からオーストラリアに関係する話がでてくるなど想像も出来なかった事で、僕はすぐそこにある塀にぽっかりあいた穴のもたらした偶然に驚いていた。
「ただ、別に弁護をするわけじゃないが、姉さんも姉さんで向こうに渡って相当苦労はしたらしい。なんでもクイーン何とかのいう所のブリスベーンとかいう街で暮らしておったらしいんじゃが、戦後間もない頃は日本人なんて相当珍しいうえに、それまで敵国人じゃったもんで、わざわざ近隣から日本人がどんなものか見に来たって、いつぞや来た手紙に書いてあった。」
その話は戦後生まれの僕にもじゅうぶん想像できるものだった。滝さんは見るからに気丈そうな人だが、だぶんこの人のお姉さんもよほど精神力の強い人だったのだろう。白人社会の中でエーリアン的存在だった日本人に対する好奇と蔑みの目は相当なものだっただろう。そんな中で一人で生き抜くには、相当の覚悟と忍耐力が必要だったにちがいない。
滝さんの話をかいつまめば、その後滝さんのお姉さん、ミセス・良子・ギブソンは日本人の身内のいないオーストラリアでの戦後をひとりで強く生き抜いたそうだ。そして2人の子供をもうけ、在豪日本人会のパイオニアとして広く活躍。現在2人の息子は共にクイーンズランド州の政界、財界で活躍しているという話だった。
「あの壁の穴から見える景色はわたしにはしょうもないもんに見えるねェ。兄ちゃん、オーストラリアって国はあんなもんかい。わたしゃもっと南の島のような美れいなとこを想像してたのにねェ。」
こればかりは僕に返す言葉はなかった。
「ばあちゃん。どこにそんないいものが見えるんだ。」
その時急に聞きなれたばかでかい声がしたと思ったら、ゴギが壁の四角い穴から顔を出し笑っていた。
「ばあちゃん。オーストラリアっていう国は日本の何倍もある大きな国だから、あっちこっちに色んな顔があるんだ。ばあちゃんの言うように南の島のような景色もあれば、北海道みたいなとこもあるんだよ。」
ゴギはいつも誰にたいしても見せる人懐っこい笑い顔で滝さんにそう語りかけた。
滝さんは急に穴から顔を出した長髪の男にちょっと驚いた様子だったがすぐにケタケタ笑い出し、
「おやまァ、もしかしてあんたはこの暇人の友達かい。ということはだ、あんたもこれまでさんざん好き勝手した風来坊かい。」
そう言われてゴギはちょっと渋い顔をしたが、側にくるとお構いなしに滝さんの横に座り込んだ。
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